生活教育宣言(草案)
  ―機関誌『生活教育』の発足にあたって―

 ※1959年12月、日生連常任委員会作成。『カリキュラム』改題『生活教育』1960年1月号に掲載。

 今日、わが国の教育界には、教育における系統性の主張をきわめて卑俗、かつ安易にうけとり、これをたんなる断片的知識の拡充過程、量産過程と考え、子どもたちを雑多な知識の応接にいとまない状態においこみ、知性につらぬかれた生活者としての子どもにかわつて、知識による子どもの人間疏外をもたらす傾向がしだいに顕著になりつつある。また道徳教育の名のもとに、子どもたちの生活と思想を一定の徳目体系のわくにはめこもうとし、学校生活から自由で生き生きとした創造的な子どもの活動をしめ出す結果を招こうとしている。今度の改定指導要領もまた、この方向を積極的におしすすめようとしており、われわれの戦後十年余にわたる生活教育の運動は、しだいに後退を余儀なくされ、われわれの民間教育団体としての活動は、きわめて困難な局面を迎えているかにみえる。
 しかし、このような生活教育への体制的な抑制はけっして今日に始まったものではない。生活教育の輝ける先駆者ルソー以来、西欧における近代教育の確立過程において、生活教育の思想は、政治権力によってしばしば忌避され、抑圧されてきた。わが国においてもまた、大正末期から昭和にかけての、自由教育、生活学校、生活綴方などの教育運動が蒙った抑圧は、われわれの記憶に新たなところである。われわれはいま、このように世界史の上でいくたびかくりかえされた生活教育の危機を、この国の、この時点において経験させられているのである。
 われわれは、それに耐え、それをくぐりぬけ、のりこえていくべき歴史的使命を、われわれの輝ける先人たちと、そして次代の国民のために負うていることの自覚と誇りを新たにするものである。
 生活教育が権力によって抑圧されつづけてきたということは、生活教育の運動が、抑圧と懐柔の中をかいくぐり、生きぬいてきたこと、生きぬく力をもっていることを物語っている。生活教育運動の、この根ぶかい不死鳥のようなエネルギーは、あたかも歴史における民衆の姿にも似ている。事実、生活教育が抑圧されつづけてきたのは、生活教育思想が民衆のための教育思想であり、民衆の生活を高め、民衆のエネルギーをほりおこし、民衆に新しい生活力を与え、そして民衆を新しい人間にまで改造することをめざしてきたからであった。生活教育運動は、近代教育の歴史において、絶対主義の権力体制からの民衆の解放をめざし、現代において独占資本主義体制のもとに埋没している民衆の人間性、創造力、生産力を恢復し、発展させることをめざしているからに外ならない。
 歴史を動かす民衆の教育思想としての生活教育は、大胆にいうなら、人間の生活意欲、学習意欲をほりおこし、それを組織化し、それに科学性を与え、科学と生活、生産労働と学習との結合をもたらすことを基本原理とする教育思想である。それはそのまま民衆じしんのたがいに手をたずさえて、よりよく生きようとする姿であり、彼らの教育要求である。
 われわれは、このような自信に支えられ、今日きわめて困難な状況のもとにおかれているが、つぎにかかげる生活教育の立場をつらぬくために、こんごとも最大限の努力をつみ重ねることを、宣言する。


 一、われわれは、既成の知識や、徳目などをそのために教えこむことに反対する。そして、子どもたちの生活意欲、学習意欲を生き生きとほり起こし、発展させるという基本的な姿勢で子どもたちととりくむ。
 一、われわれは、権威や伝統や既成の観念によりかかる教育に反対する。そして、どこまでも子どもたちがつきあたる、社会や自然や人間の事実と真実を尊重し、それにもとづいて教育をすすめる。
 一、われわれは、体系化された科学や技術の成果を、そのまま無条件に子どもにおしつけることに反対する。そして、それらを生み出してきた社会の発展、生産労働と人間生活の解放と発展の歴史をふまえつつ、それらの成果を生産労働を中核とする生活との結合において学習させていく。
 一、われわれは、各教科、教材、生活指導をばらばらに取りあげることに反対する。そして、それらの独自性をみとめながら、それらを教育の目標、内容、方法に即して、統一的にとらえ、学校教育の全体をつうじて子どもたちの全体としての人間形成をはかる。
 一、われわれは、学級王国主義、教師の独善主義に反対する。そして、教師の仲間づくりを大切にし、進んで父母および子どものきんみつな組織的活動として、われわれの学級づくり、学校づくりをおしすすめる。
    一九五九年一二月