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日本生活教育連盟 第64回夏季全国集会 石川大会

 2012基調報告(案)

 仲間とともに学び、希望を紡ぐ―心の中にすてきな人が住んでいる


日本生活教育連盟 研究部

※ 『生活教育』2012年8月号、82-87ページ。


1 生活とつながり・ひとつながり
 私たち日生連は、団体名にあるとおり、教育において《生活》を大切にしています。生活といっても《life》に立ち戻るまでもなく、人生、生命、生、いのちなどの多彩な意味を持っています。生活には、子どもも入っているし、学びも含まれています。生活は、全体的、包括的、総合的(綜合的)な世界なのです。このひとかたまりになる世界を、私たちは少しずつ部分的に理解し、作り上げてきています。《つながり》がキーワードになって、おととし2010年の基調報告(案)では、一つ一つの実践をよく読み検討しあって、いくつかの実践に共通する深い意味をくみとり、《つながり》からさらに進んで《ひとつながり》のことを発見し、またそれを実現していくことを提起しました(『生活教育』2010年8月号、90〜95ページ、http://nisseiren.jp/2010osaka/2010kityou.html
 私たちが局面ごとに子どもとか、学びとか、地域とか、資源とかなにかにテーマをしぼって主張したり分析したりする時も、全体のつながりのなかでの強調や焦点化であって、それだけを切り離して(はじめから他と対立させて)主張しているのではありません。何かの授業をしていても、他のいろいろなことを思い浮かべているというのが生活教育の実践者のセンスともいえるでしょう。
 このように、生活のつながり、ひとつながり、全体性を鋭く問題にするのは、この近代社会、資本主義社会そのもの、そしてグローバリゼーションが、人間と自然、人間と人間、自然と自然のつながりを断ち切る強力な作用をもっていることに客観的根拠があるといえます。一見すると、お金や資本はいっさいの価値をひとまとまりのものにしようとし、官僚利権国家としてひとまとまりになり、TPPなどを通じて、国際的なつながりがつくられていくようにみえます。しかし、この「ひとまとまり」は見せかけで、全体をひとつにまとめていくことはできません。自分がまとまるために、多くのつながりを断ち切っていく。格差と差別をつくりながら、何かを包摂することなく排除し、それを食い物にするあり方しかできないのです。地域ということでは、それを地方として、いわば本国でない「植民地」として、利権の場にするあり方しかできてきませんでした。競争原理が強力に働く社会では、全員で何か大きな事を成し遂げていくことは困難なのです。
 私たちはそれとはちがった、生活の、いのちの、つながり・ひとつながりをつくろうとしてきたのです。
 そんな中、昨年2011年、3・11の東日本大震災、フクシマ原発事故がおこりました。津波や地震、原発事故によるすさまじい命と生活の破壊・崩壊には文字通りことばを失い、茫然とするしかありませんでした。昨年の愛知大会では、被災地で直後に立ちあがった人たち、とりわけ雄勝の徳水博志さんたちがいることにほんとうに励まされました。
 私たちは雄勝のとりくみに学ぶとともに、そこから学んだ視点で、今まで日生連が積み上げてきた実践から価値あるものを再発見し、生活教育のひとつながりの原理をとりだしていくことを課題として1年たちました。
 以下、今こそ学んで活かすことや課題をまとめて、基調報告案とします。希望の紡ぎ方として先に5点にまとめておきます。
 (1) 何が《ある》のかと自分、子ども、地域を見る(発達現実態)。
 (2)「心の中にすてきな人を住まわせる」(子どもにとっては成長モデルやあこがれの人にもなる)。心の中に住んでいる人(子ども、地域の人、専門家)を呼び起こす。
 (3)人に加えて、心の中に〈こと〉や〈もの〉、〈地域〉が住んでいると広げて考える。
 (4)その人などとだんだん現実のつながりをつくっていく。
 (5)〈ひとつながりを断ち切るもの〉を見据えそれとたたかう。

 

2 昨年愛知大会の徳水講演に学んで
 昨年愛知大会の徳水講演でまずおさえたいことは、巨大な喪失の中で、自分の中に、地域の中に、なにが《ある》のかを再発見したことがたちあがる出発になったことです。「ここをふるさとに暮らしていく」という思いが《ある》、全国からの安否を気づかわれはげまされる確かなつながりが《ある》こと、漁師さんたちの中には、あらゆるものを奪っていった津波に対して、それでも「海が好きだ!」という思いが《ある》こと。10年後もここに暮らしてほしい子どもたちが《いる》こと。地域には、牡蠣があり帆立があり、硯が《ある》こと……。
 生活教育の実践の中で、子どもや生徒を「発達現実態」として見ることを提起してきました。地域とのつながりでは、「地域の宝」である人やもの(資源)がいる/あることを見つけることを重視してきました。あるんだ!という見方を深めることを、あれだけの損害と喪失をこうむった人たち・地域から学び直せたと思います。
 徳水実践のすごさは、高いレベルの《ひとつながり》を構想し、提起し、現実にしていった視野の広さです。ひとつひとつの《あるもの》を見つけるだけでなく、「教育課程」というひとつながり、「地域復興計画」というひとつながり、そしてその学校と地域のひとつながりを震災直後に具体的に提起していることは驚異的といえます。「地域の復興なくして学校の再生なし」と学校観の転換、教育の転換までも提起していました。
 とりわけ、学校と地域では、子どもたちと大人たちを教師である徳水さんが仲立ちしているところが注目されます。また、海や石(魚介類や硯)など、産業復興、雇用再生につながる資源をはじめから握って離していないところにもすごみを感じます。
 「地域復興協議会」や合同会社「オーガッツ」が、行政、経営者、教師など必要な人たちが揃って組織されたのも画期的でした。
 昨年の基調報告案「ほんとうは資源のある日本で資源を活かした生活教育を-《ひとつながり》の〈教育実践と教育課程と地域計画〉を構想して実現への一歩をふみだそう-」(『生活教育』2011年8月号、88-93ページ、 http://nisseiren.jp/2011aichi/kityou2011.htmlは、「資源」の提起も含めて、すでに雄勝ではどんどん現実になっていたので、驚かされました。
 また、子ども・住民を主体としたつながる場としての学校再建ではなく、学籍の避難所所在地への形式的な異動など、全国学力テストができる場として再生(現実には統廃合!)されようとしていたこともリアルな報告があり、その後の復興を利権の食い物にする動きとともに、私たちのつながりを断ちきり、別のひとまとまりをつくる力が現実に強力なことも思い知りました。原発を今でも推進しようとしているしくみと昨年指摘したレディーメイドの教育は同じしくみのようです。

 

3 昨年愛知大会の宇都宮講演に学んで
 昨年の宇都宮健児さんの講演は、弁護士として、ローン地獄の根本に貧困の問題があると、それに取り組んできた生きざまが語られました(貧困などのさらに根底には、「資源はない」論によってたつ近代化の問題があると基調報告案では指摘していたのですが冒頭より「資源のない日本では人材育成が大事で……」と話がはじまってしまい、「資源はない」論の根深さがわかりました)。
 とりわけおさえておきたいことは、宇都宮さんの心の中には、ずっと「郷里」「貧しい人」が住み続けていて、時に徳俵として宇都宮さんのたたかいを支えていたことです。宇都宮さんは近代化教育のルートに乗って、村を離れ、東京大学に入学しました。たまたま『私はそれでも生きてきた』に出会わなければ、官僚になっていたルートです。しかし心の中に住んでいた人たちが、それとは違う道を後押ししていったと考えられます。
 これは2009年の沖縄大会での平田大一さんの公演を思い起こさせます。一見近代化のルートに乗って、島を棄てて上京進学したかのように見える平田さんの心の中には「島」が住んでいて、島のことばでの詩を生み続けていました。彼は何もないといわれた島に帰り、文化を再発見して島おこしをします。
 地域を離れたとしても、心に地域が住んでいれば、実際戻ってきたり、また戻らないことがあっても、別の地域からの協力者としてつながりをつくったりすることができます。地域の宝(資源)は偏在し連関しているのですから、相互の「貿易」が町おこしになります。被災地を離れた人が、たとえ離れていても心に地域を住まわせ続けて、何かしていくことが必要なのです。つながるなかでしかそれぞれは再生できません。村や町、単独の再生はむしろ困難でしょう(補助金依存へ)。
 上級の学校(特に東京の大学)での教育は、それ以前の学校で子ども・生徒・学生の心の中に住んだ人や地域を大切に呼び起こすことが必要だと感じさせられました。

 

4 「心の中にすてきな人を住まわせる」
 これは石川の山崎(相馬)由子さんが1986年の阿蘇大会で報告した実践の原理です。家庭の状況が悪く学力も低い子どもにこそ、綴方での表現だけでなく、地域の大人と出会って内面化し、その子どもの文化を耕すことが必要との主張でした。
 ただ出会えばいいというのでもなく、その時だけ何か認識すればいいというのでもなく、内面化するからその後の生活が変わる。
 教育実習から帰ってきた学生は、心の中にひとクラスのすてきな生徒たちを住まわせてきます。どういうことにどのぐらい時間がかかるかなど授業の展開がつかめると同時に、その子たちが日常生活の中で自然に「起動」して教材研究もすすんでしまいます(「テニス部の生徒がいたけど今ウィンブルドンの中継を見ているかなあ」「これ見せたいなあ」)。
 和光中学校で、35年以上、秋田への学習旅行が続いています。秋田では農家が「稲刈り」、わらび座が「踊り」、中学生は「合唱」を持ち寄ります。1週間に満たない間に、そこで出会った人たちは中学2年生の心に住んで「秋田のお母さんお父さん」になります。もう3世代にもなる交流が、心の交流、文化の交流、人の交流を踏まえて、米の買い入れというもののつながり(「貿易」)にまで発展し、産直ネットワークにまでなって向こうの村を支えています。
 この実践を冬の研究集会で聞いた学生は何人かが「地方」出身で、自分も稲刈りをしていたなど、心の中に住んでいる地域を思い起こしていました。これで、地域に帰らないにしても今学んでいる専門を、将来住むところで、なりたい職業で活かして、その地域とつながりなおす道が開かれます。
 河野修三さんの愛媛での実践(『生活教育』1月号も、地域に《ある》宝と関わる「専門家」と子どもたちが出会い、いっしょに行動し、内面化していきます。谷保裕子さんの実践(『生活教育通信』117号)でも心に「田んぼ」が住んでいる子どもたちは、心の中に住んでいる「専門家」と、もう行動を起こしているかもしれないし、一度上京してからまた新しいつながりをつくるかもしれません。

 

5 希望を紡ぐ
 昨年、川合章さんの追悼で日生連の活動をふりかえっているとき田村真広さんが「子どもにおいて目標を見る」ということばを再発見しました(『生活教育』2011年7月号。指導案を書くときも、社会計画を考えるときも、心の中に住んでいる子どもと一緒に考えていくこと。雄勝の子どもたちの中には「来たら一日いてもたいくつしない、雄勝の自然を感じることができる町」をつくるんだという願いがあります。子どもたちの心の中には大人たちが成長のモデル、あこがれの人として住み始めていますが、同時にこういう子どもたちが、大人の心の中にも住み始め、大人の心の中からも発言をはじめているのだと考えられます。(終わり)


20120724 up 修正は下線。  20120728リンクつける。リンク先追加も下線