日生連沖縄集会2009基調報告案(『生活教育』2009年8月号89−93ページのインターネット版)
ともに生き、いのち輝く学びを結んで広げる 田村真広(日生連・研究部長)

 
I 伏流水から疏水へ;沖縄発信のメッセージを結んで広げる
 集会要項「ごあいさつ」に述べられている三村和則実行委員長の言葉が、私たちを勇気づけてくれています。
 「自主的な財政、自らの関心に合ったテーマでの学習、実践家と研究者の共同学習。この3つが民間教育研究サークルの特徴です。それがために民間教育研究サークルが生み出す理論と実践にこそ真理・真実があると言っても過言ではないと思います。」
 日本の教師の職能の高さは世界から注目されています。同僚との学びあいや自主的な研修、保護者や退職教員や地域の支え、そして地域づくり・世直し活動への協働参画が、実践研究の質の高さを支えてきたと言えます。教師が単独で育つわけではないし、学校教育だけが突出するはずもありません。全体としての発達があってこその高さなのです。そして、生活教育運動がその一翼を担っていることに、私たちは自覚と誇りを持ってよいのではないでしょうか。
 離島と本島、開発と自然、基地と平和、過疎と産業、少子高齢化・貧困と福祉など、先鋭的な論点を発信し、至高のリゾート環境を提供し続けている沖縄の地において私たちは会します。苦悩にまみれた報告、些細な歓びに満たされた報告、先駆性にあふれた報告が準備されています。国際理解教育分科会が新設されます。
 『あっ!こんな教育もあるんだ』に続いて『いのち輝く』が刊行された事実は、生活教育実践の厚みを示しました。二〇〇名以上が集った六〇周年記念集会は、参加者に新鮮な印象を与えました。ヒューマニズムにあふれる真理・真実をたたえた生活教育の伏流水は、時に疏水となって社会にインパクトを与え得るのです。孤立化と人間性の喪失である貧困とたたかい、未来への夢と希望を紡ぎ出すべく、仲間とつながる深い学びを結実させる集会を、ともに創り上げていきましょう。


II 生きづらさを抱いている子ども・青年と教師
 二〇〇八年四月から一年間、『生活教育』に連載された武田敦氏の「渋谷で今日も待ち合わせ−若者はどこへ向かうのか−」は、現代青年の過酷な現状と確かな息づかいを私たちに知らせてくれました。青年ユニオンという小窓から、現代日本の貧困をリアルに伝えてくれました。貧困ビジネス、派遣切り、リストラ、失業、ワーキングプア、ホームレスなど、豊かな社会とされる日本社会において、構造改革の名の下に貧困の渦に巻き込まれていく人々の姿を、子ども・青年は毎日のように目の当たりにしているのです。夢と希望を抱いた自分の将来像を描けず、生きづらさを抱いている子ども・青年が増えているのはむしろ当然と言えるでしょう。
 国民全体の失業率は五%前後ですが、一五〜二四歳層の失業率は八.九%にものぼり、非正規雇用に至っては四八.三%です(三〇〜三四歳層では二五.九%、総務省〇九年二月データ)。メールで連絡を取り合い、駐車場で打ち合わせ、命をつなぐ団体交渉に臨み、解雇を撤回させ、不払い賃金を支給させ、マスコミへPRする。武田氏は、青年ユニオンと出会って未来へと希望をつないでいる「荒野へ向かう若者たち」に熱いエールを送っています。そのエールは私たちの心にも確かに届きました。
 新自由主義教育改革によって、教育現場では改革よりも破壊が先行し、教師は疲弊させられています。学校や教室から権限を奪い、人事評価に教師は萎縮し、書類作成に忙殺され、子ども・親・同僚から引き離され、困難を抱え込んで倒れる教師が増えています。
 〇七年度一年間に病気休職した教師八〇六九人のうち、精神疾患を理由にした休職者の割合は六一.九%です(松尾直博「若い教師の退職を防ぐには」『生活教育』〇九年六月)。潜在群を含めれば相当の数に上るはずです。氏によれば、「一般的に『報われない』という努力と報酬のアンバランスが、うつ病の一つの原因だともいわれて」おり、「目標が分からないことは、迷いや悩み、無力感や混乱を引き起こしやすい」とされています(同六四頁)。あてがわれた課題をこなすしかない仕事は、感情労働者である教師にとっては迫害です。意味と関係性を感じられる職場でなければ、教師は育たないし、働き続けることはできません。


III 貧困=孤立化と人間性の喪失
 貧困が教室でも顕在化しています。貧困とは、孤立化し人間性を喪失させられることです。経済基盤を得て、社会参加ができ、人とのつながりの中に身を置き、自分の可能性を奪われず、みじめな思いをすることがなく「普通の状態」でいられることが、貧困からの克服です。
 子どもにとって貧困からの克服とは、親の「普通の状態」を基盤として、子どもの時代にふさわしい発達の権利保障と平等な教育機会、夢と希望を意欲を持てる生活を送れることです。ところが現実には、親の経済的・時間的ゆとりのなさが子どもの経験・活動を制約し、親の社会的孤立するという負の世代間継承を招いています(浅井春夫他『子どもの貧困』明石書店、〇八年や、山本由美「作られる貧困と奪われる貧困」『生活教育』〇九年三月など)。
 反貧困への打開策を探る大阪の高校生の運動が注目を浴びました。懇談での橋下大阪府知事の発言は、「努力したのか」「高校では世の中の事なんて学べない」「人生は試験の連続」など、自己責任論のムチで叩きながら学校の存在意義を否定するという、不誠実な態度に終始しています。氏の地方分権論は主権者不在と言わざるを得ません。
 高校生たちは、「私学助成が無くなれば罪悪感を持ちながら通わなければならない」と、教育費無償の本質論をもって堂々と論陣を張っています(長尾ゆり「『大阪の高校生に笑顔をくださいの会』の取り組み」『生活教育』〇九年三月、三九頁)。多くの先進国が教育費を無償として有為な納税者を輩出しているにもかかわらず、教育の充実に手をこまねいている日本は、少子高齢化対策に無策の国と言われてもしかたがありません。


IV 「困った子」は「困っている子」
 障害者支援センターに相談にやってくる子どもたちや保護者を「どのようにしたらいいのかわからないで途方に暮れて『困っている子』なのだ」と、加藤登美子さんはとらえています(「悠くんの理解と保護者・学校支援」『生活教育』〇八年六月)。その子のしんどさを受けとめ、大好きな虫と遊ばせたり、自らクールダウンができるように支援しながら検査を行うことによって、その子の発達特性に応じた創造的な支援方針が生み出されています。校長・特別支援コーディネーター・養護教諭・学級担任・学年担任に同席を求めて、「困っている事実を具体的に説明し、当事者一人ひとりが『自分はこの子どものために何が出来るか』を具体的に考えていただく機会、今後の取り組みについて共通理解をしていただく機会」を設けています。『ぽぽろ通信』では親が労われ、安心します。発達検査という新たなフィールドでの生活教育実践に注目が集まっています。
 「わざと間違える」場面を共有しながら、みんなが納得できて楽しくなっていく算数の授業を儀間学級では創りあげました(儀間奏子「僕の趣味は…算数」『生活教育』〇八年一一月)。この流儀が他教科の学習にも波及して、子どもたちは発表と討論を楽しめるようになり、「僕のしゅみは、算数」という詩が生まれました。
 「困った子」は「困っている子」なのです。「困っている子」から孤立の叫びと人間らしさを回復したいとの叫びを聞き取ることから、解決と創造への道筋は開かれます。


V 仲間とつながり合う
 時折パニックに陥る藍さん。久志裕子さんは、藍さんが絶対に泣かない読み聞かせの時間を見つけて、毎日読み聞かせタイムを入れました(「みんなはねさくらがすきでぼくもすき」『生活教育』〇八年一〇月)。作文を書き読み合う中で、困難を抱えているのは藍さんだけでないこともわかり、「無理に我慢しなくていいんだ、自分のままでいいんだ」(八〇頁)という雰囲気が満ちていきます。久志さんは「人を信頼する事で、自分をも好きなる」ことに取り組んだ一年だったと振り返っています。
 加藤愛子さんは、音楽を媒介にして確かなつながりを学級に創りました。「彼は『やってはだめというお母さん』や『やらないと判断した自分』をも超えて、思いっきり『素の自分』を出して、表現したのだと思う。」(「エアギターの魅力が起こした奇跡」『生活教育』〇九年六月)とまとめています。音楽表現の持つ魅力、学級の仲間とともに生きる日々があればこそ、まさのり君はもう一人の自分にたどり着き、舞台の上でエアギターを弾いたのです。
 子どもたちは安心して素の自分を出せて、もう一人の自分にたどり着ける場所を切実に求めています。


VI 易しいことは深いこと
 二年生の朝は詩の音読から。ただし「自分の声を自分で聴く」ことを大事にしています。さらに詩を共に楽しむために、子ども同士、子どもと教師、子どもと親、親と教師の関係を編み直しながら、意見交換で詩を味わい、納得の世界を広げていきます(本谷宇一「教室から広がる詩の世界」『生活教育』〇九年七月)。詩のカードは学習材として活用・蓄積され、やがて暗誦などシリーズものへ挑戦する子どもたちが現れます。細分化されたスキルを積み重ねていく国語学習では、子どもの学ぶ意欲と学ぶ力を削がれます。生き生きとした生活の中の体験から生まれた言葉と文字を、豊かな関係の中で獲得するような学びを組織することが求められています。
 「小学校五年生の授業が突然、大学院の授業になってしまう福井県の漢字教育の現場を見てきました!」(『DIME』一一号、〇九年五月)。こう驚きを書いたのは、谷保裕子さんの教室を訪問した山根一眞氏です。白川静博士の業績を受け継ぎ全県的に「学力向上」をめざす取り組みの一環です。「一〇一基本漢字かるた」(太郎次郎社)から選んだ漢字について、子どもたちが作った「びっくり!オモロー!漢字変身クイズ」で、古代文字を見せて現代の漢字を当てっこします。持ち込まれたタカラガイの標本で、「貝」の成り立ちを知ります。借りてきたウミガメの標本で、甲骨文字の意味を確かめます。「口」(さい)が顔の「口」(くち)ではなく、神への祈り文の入れ物だったと知ります。このように白川文字学の真髄に触れた授業となりました。
 易しい授業であっても、子どもの探究心を呼び覚まし、大人をも驚かせる深い学びに無理なく到達しています。「困っている子」のために、確かなつながりを教室に築くために、教師の探究心や英知が発揮されているからにほかなりません。


V 自分が見えて世界が見える学び
 旧産炭地の子どもたちは、五感をフルに使ったレンガづくり体験をもとに、石炭とレンガをつないだ地域の歴史を調べ、発表を行い、先達の記憶の深層とつながっていきました。レンガづくり体験を可能にしたのは、江別の未来を展望するアトミックセンターでした(高橋公平「『体を通学ぶ江別のレンガ・窯業』を目指して」『生活教育』〇八年八月)。高橋さんの地域に対するみずみずしい発見と驚きが、実践を推進しています。
 クラスに在日韓国人四世Hさんがいる六年生は、文学や十五年戦争の調べ学習を進めていくうちに、手取川洪水の復興やその後に出来た朝鮮人集落の歴史に突き当たり、詳しく学び始めました(北川茂「母親の生き方にまで関わることができた在日韓国・朝鮮人の学習」『生活教育』〇八年一二月)。やがて、Hさんの母親であるユンさんを百十人で囲んで聞き取るところにまで広がります。そして、Hさんの学びや成長を見て、ユンさんは帰化申請を取り下げて在日として生きる道を選択しました。この出来事を北川さんは「足元からの国際交流」と述べています。 
 現実社会と歴史を見つめ、つながりあう場を地域に求めて学びを組織すると、地域づくりと世直しへの展望が開けてきます。ささいなことは未来や世界とつながっているのです。
 行田稔彦『沖縄戦』(新日本出版社、〇八年)は、総合学習の実績が生み出した第一級の歴史資料です。ある日見知らぬ方から、手紙と大量の資料が氏のもとへ届きました。子どもたちを乗せたまま撃沈された対馬丸の中にいた生存者でした。氏へ託された資料は、戦没者と遺族の平和への祈りです。私たちの学びは、人々に支えられ社会から託された学びでもあるのです。
 異文化との豊かな出合いを二年生と追究した和田仁さんは、「いろんな国の生活の“ちがい”に気づくことと同時に“にている”ことに気がつく大切さ、つまり“文化は孤立して存在しない”」という視点の重要性を指摘しています(「異文化との出合いで、つながり・ひろがる子どもたち」『生活教育』〇九年一月)。
 中国・グリーンタウン小学校と韓国・ドゥレ学校と日本の和光小学校が相互訪問し交流しています。教員たちは算数教材など教育課程の研究で相互に影響を与え、子どもと親はホームステイを通じて異文化理解と互いへの認識を広げています。私たちは、「ともに生き、いのち輝く学び」を、東アジアを舞台に結んで広げる時代へとたどり着きました。生活教育運動の持続的な発展をめざして、研究を大いに深めましょう。